前回は木の特徴をみていきましたが、後編では木の組成、そして社会的な面から見た木の話を行います。ご笑覧頂ければ幸いです。
木というものは、人間の手による”生産”が可能な資源です。これは案外見落としがちな事ですが「苗木を植えれば木は育つ」と言う事を皆さん体験的にご存知のはずです。適切な樹種の苗を適切な場所に植え、ていねいに手入れし育てる事で、木は立派に育ち、各種の木材製品の原料となるのです。
日本の林業では伝統的に何十年、樹種によっては百年単位で手入れをし、育てます。木は葉を生い茂らせ、日の光をたっぷり浴び、地中からは水分などを吸収し、元気に育ちます。これが木の”第一の生”と言えます。
木が木材として利用可能な状態にまで成長すると、伐採・加工し木材や材木として利用しますが、これは木の”第二の生”です。
木材としての役目が終わると、今度は木質チップ(燃料)やパルプの原料として、木は”第三の生”をいきる事になります。
つまり木は何度も再利用可能な資源であり、これからの循環型社会にふさわしい、優れた素材と言えましょう。
では、木はどうして育つのでしょうか。
今回も少し科学的な説明が入ります、ご了承下さい。
木は「地中から養分を吸い上げて育つ」とお考えの方も多いと思いますが、地中からの養分だけで木の材質が構成されている訳ではありません。空気中に含まれる二酸化炭素(CO2)を取り込み、木の中に炭素(C)を貯蔵し、酸素(O2)を吐き出します。この炭素の貯蔵により、木は大きく、立派に育つわけです。
もちろん、炭素ガスをそのまま貯めているのではなく、「光合成」と言う、植物のもつ複雑かつ独特な作用を経て、土から吸い上げた水(H2O)と、空気中の二酸化炭素(CO2)からブドウ糖(グルコース)をつくりだし、木の細胞壁をつくり、育つのです。よく「木がCO2を吸収している」と言われる理由はここにあります。
話が前後しますが、経済的な視点に戻りましょう。こうして出来た木は、その身の中に炭素を蓄えているので、木をたくさん育て使う事は、環境の面からも、大変素晴らしい事だと言えます。
最近は環境問題でCO2削減が叫ばれておりますが、木を育てれば、木が貯めこんだ分、空気中の炭素ガス(C)の量は減ります。そこで、木材製品として利用、再利用、再々利用を繰り返せば、それだけ炭素ガスの貯蔵期間を延ばす事が出来ます。そして木を切った後にはまた苗木を植林すれば、さらなる炭素ガスの削減につながる、というわけです。
また、最終的には使い終わった木材を化石燃料の代わりにエネルギー源として燃やせば良いと言う考え方も有ります。木材を燃やせば二酸化炭素が放出されますが、元々木が大気中から成長過程で取り込んでいたものを放出しただけだから、総体的に炭酸ガスの増加には繋がらない、という理屈です。
しかし、木が幾ら炭素ガスを吸収・貯蔵すると言っても、やはり限度は有ります。
育て方によっても、炭素ガスの吸収・貯蔵量は変わってきます。そこで、木の適切な手入れが必要になるのです。これは森林の整備であり、その作業には下草刈り、枝打ちや除伐、間伐など様々なものがあります。
現在、日本の林業は衰退の一途を辿りいわば瀕死の状態で、その立て直しが急務です。
その意味からも、国産材の活用をもっとすすめていくべきであると、私(おやじ)は考えます。国内での使用量が増えれば、農業の「地産地消」と同じく、国内の林業が活性化し、環境にも貢献します。
もっと大きく「地球環境」と言う視点から考えると、諸外国の森林減少問題等に更に真剣に、早急に取り組まねばならない、と言うことは言うまでもない事です。しかし日本国内にある森林資源をもっと有効に活用し、厳しい国内の林業を盛り上げて行く事も重要ではないか。これが私(おやじ)の意見です。
「地域」と言う狭い視点で見るなら、やはり地元でとれた木を積極的に使うべきです。木はその地域の気候風土によって育まれますので、その土地(に近い気候の場所)で使う事は、木が長持ちします。これは昔から経験的に言われてきたことです。
また地域の木を使うことは地域の林業活性化にも繋がります。結果、森林整備がすすみ、森林の保全(土砂災害防止)や水源の安定的な確保にも繋がります。おいしい空気と水は森林のおかげ、とは以前にもお話ししましたが、まさにこの部分にあてはまることなのです。
森林の整備と保全には公益的な部分も有る、ということ。これをひとつ覚えておいていただきたいと思います。